斎場 ~過去記事~

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2015年10月の記事です。


先日、母方の叔母が亡くなりました。
とても明るく、私ともとてもウマの合う楽しい叔母でした。

お通夜とお葬式に出席したのですが、都内の大きな斎場で営まれました。
霊的な能力が本格的に開花してから初めてのお通夜・お葬式でしたので、斎場に行くことにはやや警戒していました。

ただ、ガイド達からは特に止めるようなことは言われていないし、斎場に行くことを阻止されている様子もないので、大丈夫かなとがイト達を信頼して、参加することにしました。
粗塩くらいは持っていった方が良いかなとも思いましたが、当日になってみると日中は予定があったり何だりでバタバタしてしまい、すっかり忘れてしまいました。

結果から言えば、心配は杞憂に終わりました。
その斎場は、それはそれは清らかなエネルギーに包まれ、とても落ち着いていました。
(よっぽどデパートなどのよく人が集まるところの方が、エネルギーが荒れています。)

よくよく考えてみれば、ここでは、毎日毎日、代わる代わるいろんな宗派のお坊さんがお経をあげ、神職が祝詞を上げているのです。それこそ、図らずも神社やお寺並みに浄化されているのだと思います。
亡くなった方々もいろんな事情はあるかとは思いますが、私が感じる限りでは皆非常に安らかでした。
お経や祝詞が非常に心地よいようです。

お通夜では、私は受付に居たのですが、読経が始まり人の往来が少なくなったところで、亡くなったと叔母とチャネリングでおしゃべりしをしていました。
私の姿を見て元気そうで良かったとか、用事でこれなかった私の弟に会いたかったなぁ、とか、本当にそんな他愛の無い無い話です。まるでリビングでお茶を飲みながら話しているような感じでした。笑

叔母はガンで亡くなったのですが、抗がん剤による延命治療を拒否して、最後はホスピスに入り、その1週間後ほどして亡くなりました。苦しむ期間が短かったのは幸いでした。
叔母本人は、もう少し生きていられるかなと思っていたのだけれど、意外にあっさり死んでしまったので、正直あんまり実感が湧かないのよ、などと言っていましたが、自分が死んだことはキチンと認識していたので問題なく成仏できると思います。

それでも、焼香が始まり夫である叔父が焼香台の前に立つと、ピタっとおしゃべりを止めて、なんというか、とても神妙に受け止めていました。それは、親族の焼香が終わるまで続きました。

やがて、友人達の番になってくると、また少し明るい顔に戻り、そのうち「ちょっと飽きてきちゃったわね。笑」なんて笑っていました。(そんなこと言われて、思わず吹きそうになり、我慢するのに閉口しましたが。笑)

そんな、さっぱりとした明るい叔母でしたので、天界に帰って「さて、次はどうしましょうかね。」なんて次の転生のプランを練ってたりするんじゃないかと思ったりしました。

実際は、魂は天界に戻ると少し休憩をしながら、この世でのことを整理する時間を取るようなので、すぐに転生というわけではないのですが…。

叔母の魂は、もうかなりの回数の輪廻を経てきており、かなり成長した魂だと感じられます。
恐らく、あと数回の転生で輪廻を終わるのだと思います。
そういった成長した魂と、親戚としてめぐり合えたことに感謝します。
叔母から知らず知らずに教わったことも多いと思っています。心の持ちようだとか、人との心地よい距離感の持ち方とか…。ある意味粋な人でした。

悲しみよりも、感謝が大きい出来事でした。

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