神様は罰なんて与えませんよ

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再び大寒波来襲ということで、東京も相変わらず寒いです。
北陸は大雪で大変な様子ですね。お見舞い申し上げます。雪に負けないで!

小さい頃、嘘ついたり、他人にひどいことすると罰が当たるよ!とよく言われました。
いつでも神様が空高くから見ているんだから、誰も判らないと思ったら大間違い、とかね。

でもですね、神様は罰なんて与えないんですよ。

正直、神様もそんなに暇じゃない….. 。
なんていうのは冗談ですが、神様は高次の存在。
高次の世界において、人間の決めた善悪なんて関係ないというのが本当のところです。

高次の存在から見て、重要なのはその魂が磨かれる経験をして戻ってくるかです。
なので、現世でひどい目に会っても、それが魂の磨きになれば高次的にはOK!となります。

で、なんで「神様が罰を与える」なんてことになったのか。

前提として、この世は自分自身が作り出した『幻影』です。何だかんだ言っても体感できる世界は、自分で見て、聞いて、感じて、思ったことが全てです。
それらは、一見自分とは関係なく存在して、自分はそれに対峙しているという風に思いがちですが、それは顕在意識で物を見ているから。

実は、すべての現象は自分(の潜在意識&もっとその奥の魂)で作り出しています。

ただ、顕在意識と潜在意識&その奥の魂の間には大きな隔たりがあります。
魂は元々は一つだったものから分かれたように見えて、実はつながったまま現世に来ています。
なので、「ワンネス」という言葉があるんですね。
でも、顕在意識の基本は『分離』です。他人と自分、自分と周りの環境、自分と他のもの、というように自分以外のものを『別のもの』と認識するのが大前提になっています。

なんで、魂はそんなめんどくさいものを纏ってやってきたのか。
それは、この世はそうして生きることというルールになっているから。
わざわざ不自由な状態で過ごすことで、魂が鍛えられるわけです。
その顕在意識を持った人間が作った集団生活のルールが、常識であったりモラルであったり法律であったりします。

この世はRPGみたいなもので、そのルールから外れれば、非常にその世界では生きにくいし、下手をすれば命を奪われ、ダンジョンを抜けられないままGAME OVER。
そのゲームの中でのレベル(得点)は魂の磨き具合。社会的な成功とか多くの称賛などは、ゲットアイテムに過ぎません。
鎧とか武器とか魔法スキルみたいなもの。

話を戻して、じゃあ罰が当たるって何よ?ってことですが、一言で言ってしまえば『魂の方向性と顕在意識の方向性のズレ』です。

本来魂が向かっている方向と大きく違うことを顕在意識がやっていると、そのズレは大きなストレスとなって顕在意識に向かってきます。因果応報というヤツですね。
当然、顕在意識はそのストレスが辛くて悲鳴を上げます。この状態が『罰が当たった』状態。

今いる環境が辛くて辛くて、という時は主に二通りに分けられます。

一つは魂が望んだ方向に進んでいるだけど、その過渡期の辛い状況。
これはこれを抜けると、その辛さを忘れるくらい楽な状況になってゆきます。(これは精神的にという意味です)

もう一つは、魂と顕在意識のズレが大きい場合。
これは、どこかで気づいて軌道修正しないと、いつまでもそのままの状態です。

冒頭のよく親や年長者に言われた、「神様が罰を与えるよ」というのは、先にこの世に来ていた魂からのアドバイスみたいなもので、「この世のルールに則った上で魂を磨かないとね」ということなんです。

なので、神様は罰を与えたりはしないのです。

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