この世はワンダーランド ~過去記事~

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様々なスピリチュアル系のBlogやサイト、色々な人の話を聴き、高次の存在からの情報も合わせて、私なりに理解したことがあります。

それは、この世は魂にとってワンダーランド=遊園地みたいなものだということ。

魂は、この世に修行に来るという話も多く聞きますが、ただただ辛い修行をしに来ているとは思えないのです。
まるで遊園地に遊びに行くような感じでこの世に来ているのではないかと思うのです。

私たちが遊園地に遊びに行くとき、何を期待していきますでしょうか。
ジェットコースターのスリルやお化け屋敷のドキドキ感、メリーゴーランドの癒しや楽しさ….。
そしてそれらを一緒に行った人達と共有して楽しむこと。
そんな感じだと思うのです。

でもちょっと俯瞰で見てみてみると、遊園地に遊びに行くのって、わざわざ出かけていって、お金を払って、怖い思いをしたりハラハラしたりしに行っているわけです。しかも、目的のアトラクションが人気だと長い待ち時間もあったり…。

この世と現実の遊園地で決定的に違うこと。
それは、魂がこの世に下りた時に、この世に来た目的、来る前のことを忘れてしまうということです。

そうなると、その魂というか人間にとっては、この世という遊園地が唯一無二の現実世界となってしまいます。
その世界しかない、という状態。
しかも目的も忘れているし、どんなアトラクションがあるかも判らなくなってしまっているので、目の前で起こる事は初体験の事ばかりだし、どんな理屈で動いているアトラクションかも判らない。

なので、ジェットコースター一つ乗るのも大騒ぎになります。
ちゃんと安全装置もあってどこかに飛ばされてしまうこともないのに、「これに乗ったら吹っ飛んで死んじゃう!無理~っ!!コワーイ!!」と本気で思ってしまう。
でも、もう列には並んじゃってるし、後戻りもきかないんで仕方なく乗車。案の定、スゲーコワい。笑
で、乗り終わった後に、「ゼーゼー、今回は生きて帰ってこれた、良かった」と安堵するのですが、一度乗っただけじゃ良く判らず、二回目はさらにビビりまくります。
そうやって、何回か乗っていくうちに、だんだん「これは大丈夫。コワいけどたのしーじゃん!」となってくる。
そう思えればそのアトラクションはひとまず卒業。次、となるわけです。

そうやって、いろいろなアトラクションでいろんな経験をして、一つ一つクリアしてゆくのが人生だと。

で、どのアトラクションに乗るかは、遊園地に来る前に決めてあるけです。それが以前にもお話している「設計図」。
遊園地に入った瞬間にこの設計図の存在も忘れてしまっていますから、うまーく道案内してくれるのが守護ガイドチームというわけです。
でも、ガイド達がいることが最初から判ってしまうと遊園地での楽しみも半減してしまうので、守護チームはあっちに隠れて好物で誘い、時には後ろに回って背中を押し、他の人に頼んだりしながら自分たちの存在を隠しながらナビゲートしてくれています。
(でもホントはチームの面々も一緒に回って楽しみたいんですよ。笑)

で、もう隠れなくていいや、という人にはチャネリング等でその存在を目の前に示します。
それは、その先は隠れてナビゲートするのが難しい上級者コースに入るためという場合が多いです。
たまに、ガイド達が一緒に楽しみたい気持ちを我慢できなくて出てきちゃった、というケースあるみたいですが、それは正直なところ反則です。笑

しかし、ほんとに上手いこと出来てます。

ともかく、そうやって設計図にあるアトラクションを全部回れば、さあ、帰りましょうとなり、その人生が終わります。
魂はもと居たところに帰ってゆきます。

これに気がついてから、私は死ぬことが全く怖くなくなりました。

まず、魂はこの世に遊びに来ているわけで、本来帰るところがあること。
それと、設計図にあるアトラクションを乗り終わるまで、そうそう簡単に終わりにはならないということ。
それが判ると、死は怖くなくなりました。

死にたくないというのは、小さい子が「まだ帰りたくないよ~っ!」と駄々をこねているようなものなんだな、と思うのでした。笑

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