数奇な運命

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関東でも最後の雪を降らせる寒さが過ぎて、これからは春に向かって一直線な感じですね。
といっても、まだ寒くなる日もあるようなのでご用心。笑

さて、よく「数奇な運命を送ってきた」という話がありますね。

もう波乱万丈、難関辛苦を乗り越えながら、誰がどう見ても偶然に偶然が重なり、九死に一生を得る。

それこそ、これは小説や映画にしたらヒット間違いなし、みたいなエピソード。

そこまで大げさではないですが、そんな話です。笑

それは、私の祖父の話。

私の祖父は、関西の某電鉄に入社しました。

その電鉄会社は百貨店も展開していて、その百貨店が独立会社となった際にその百貨店に異動になります。
その後、順調に出世してゆきますが、時世は太平洋戦争に突入した頃、上海の支店長に任命されます。

当時、上海は日本の領地ではありましたが、最初は苦労しながらも結構繁盛したそうです。

しかし、日本の敗戦色が濃くなってくると、本社命令で上海支店を地元に受け渡して蘇州に移ることになりました。

この頃はもう、日本男児総動員の状況です。
ついに祖父にも赤紙(召集令状)が発行されました。

本国で発行された赤紙が上海に届いたのは、祖父が上海を発ったすぐ後でした。

上海軍令部は、祖父が既に蘇州に向かったことが判ると、蘇州に赤紙を転送します。
しかしながら、今のようにネットで送信というわけにもいかず、その転送にも数日の期日が必要です。
その間、祖父は汽車で蘇州に移動中でした。

蘇州に着いた祖父の手元に赤紙が届いたのは、もう終戦間際。
結局、そのまま終戦を迎え、結局祖父は戦争に行くことはなかったのでした。

その後、祖父は日本に戻り、本社社長、会長を務め関東進出も果たしました。

もう少し上海を発つのが遅かったのなら、もっと近くに移動するのであったなら….。

これは、祖父のガイドチームの段取りでした。
ガイドの段取りは、時にこういった大胆で絶妙な段取りをします。
ともすれば、あのご時勢、兵役逃れ、非国民と罵られる事態です。
それを、絶妙なタイミングでかいくぐるように、しかも本人はそんな段取りを知る由もなく….。

後で見てみれば、運が良かったね~!と笑い話になるような見事な段取り。

祖父は戦争で死んでしまうというこの世での設計図ではなかったのです。
それは戦場で銃弾をかいくぐって生きろ、ということではなく、自分の目の前のことを果たすということで生きろ、ということだったんですね。
それを祖父のガイドチームは、見事な段取りを実践したわけです。

これは、太平洋戦争という地球規模の大事件の中の話なので、聞きようによってはダイナミックな話になりますが、実はそんなガイドチームの段取りは平時の今でも、どの人の周りにもある話なのです。

普通に会社で仕事をしていても、家庭で家事をしていても、全ての人生は事件の連続です。
そこに大きい小さいはないです。
どの場面も、下手をしたら大失態をしていたかもしれない、大怪我をしたかもしれない。

でも、それが避けられていたなら、偶然と思えることでもそれは実は必然なんです。
そこには、ガイドチームの段取りがあり、生まれてきたときに描いて大事に持ってきた設計図に込められた意図があります。

この世に偶然はありません。
全てが必然であり、そこには意味があります。

たまに、気が付いたときに、そのことを思い返して、考えてみてください。
あなたのガイドチームとの会話はそこから始まるかもしれません。

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祖父が誰か…、もし興味があれば、少しだけヒントを。笑

「べっぴんさん」の大急百貨店の社長→会長(伊武雅人)の後に社長になった人のモデルが祖父です。
なんか嫌味な感じの人に描かれて、身内としてはなんだかなーな感じですけどね。笑

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