物事の本質

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昨日、「林先生が驚く初耳学」という番組を観ていて驚いたことがありました。
観ておられた方も多いかと思われますが、何に驚いたかと言えば、

小学校の算数のテストで、

3.9+5.1=9.0

が減点だと言うのです。Σ(゚Д゚)

何が減点なのか。

「9.0」の「.0]があるから。

なんで!?

番組では、数学のノーベル賞と言われるフィールズ賞を受賞している数学者 森重文氏にインタビューしていました。
その見解は、「「出来るだけ簡潔に答えよ」という条件付けがない以上は減点はありえない。」というもの。

当然ですよね。

更に、もっと由々しき事態として、

立方体の体積を求める公式は、縦×横×高さ ですよね。

それが、高さ×縦×横 で回答したら減点されたというもの。

なんで!!??

当然、森氏の見解は「あり得ない。」

当たり前です!

体積を求める問題の本質は、体積がきちんと計算出来ることです。
掛け算の場合、順番を変えても得られる答えは一緒。それを、教科書に印刷されている公式の順番でないとダメというわけです、
結局、採点した先生は数学の本質を分かっていないわけです。

現代国語にも同じようなものがあると、林先生が言っていました。

「~の理由を答えよ。」という問題に対して、「~だから。」という答えでないと減点する先生が居るというのです。
(これは、結構あるらしいです。orz)

なんだか、学校教育が心配になってきます….。
もちろん、こんな先生は少数なのだと思いますが….。(そう信じたい….。)

先の体積を求める問題についても、複雑になればその答えの求め方は複数出てきますし、もしかしたらこれまでなかった求め方が出てくるかもしれない。
でも、「公式はこうだから、この順番、やり方でないとダメ」ということになると、そんな可能性が失われてしまうことになります。
求めるものの本質が見えていて、答えが一致するのであればそのプロセスに間違いはないのです。

これって、学校の勉強だけではなく、全てにおいて言えることだと思うのです。
目指すところにたどり着くのに、そのプロセスは幾通りあってもいいし、その本質や付帯条件に外れていなければ、そのプロセスのどれもが正しいのです。

これは、プログラムのコードにも同じことが言えます。
実は、同じものを作るにもプログラマーによって書かれるコードは違ってきます。その人なりの考え方が反映されたものなのですが、出てくる結果は同じものです。
ある人が100行のコードを書いても、別の人は10行のコードで同じ結果を出すこともあります。
ただ、どちらが良いとも言えません。
10行のコードの方が簡潔で効率的ではありますが、その後の仕様変更や、改善においては自由度が少なく対応がしにくい場合が多いです。
100行の方が、後から手を加えやすいのと、何より、演算プロセスが判りやすいので、多くの人が理解しやすいというメリットもあります。

これは、人生にも言えると思うのです。
この世に、設計図を持って生まれてきましたが、その設計図はあくまで設計図。その設計図が何を目的にしているのか、その本質が外れていなければ修正もありなんです。

実際、その設計図に沿った形にしようとガイドチームも奮闘してくれますが、決して寸分違わずその通りしなければいけないというわけではないのです。
設計図の仕様変更だってありありです。
私たちは、魂を磨くためにこの世に来ているのであって、設計図通りに全てが運ぶことが全てではないのです。
当然、設計図は最も効率よくその人生で魂を磨く手立てが書いてありますが、それに沿わないと磨けない、ということではないのです。

ですから、迷っても、悩んでも、苦しんでも、いいんです。
そこからどう仕様変更して軌道修正して、最終の目的に着けるかを模索すれば。

その軌道修正のために、ガイドチームは全ての人に付いているんです。

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